「ART IN THE OFFICE」は、現代アートが未開拓の表現を追求し、社会の様々な問題を提起する姿勢に共感し、当社を通じて新進気鋭の現代アートアーティストを支援する場づくりをしたいとの想いから、2008年より当社が社会貢献活動並びに社員啓発活動の一環として継続して実施しているプログラムです。2025年度は、86点の応募作品案の中から、鬼原美希氏の「福来旗(フライキ)」が受賞作品として選出されました。
鬼原氏の作品プランでは、東北地方で福来旗(フライキ)と呼ばれる大漁旗にインスピレーションを得た手織りの作品を提案しました。作品展示場所であるプレスルームを船のデッキに見立て、オフィスを行き交う人々の成功を祈るタペストリーを、滞在制作中にライブで織り上げる予定です。作品の素材には、様々なストーリーを持つ、廃棄された大漁旗や魚網、鯉のぼり等が使用されます。作品が放つ圧倒的な存在感、また世界中を旅し手仕事を積み重ねてきたアーティストの一貫した創作スタイルと感性が高く評価されました。

審査員一同(左より:松本、福島氏、熊倉氏、南塚氏、塩見氏)と選出された作品案
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- 参考作品:鬼原美希「境界を越えるもの」/2025年/綴れ織り/ウール糸、綿糸、アクリル糸
※無断転載・複製を禁じます。
※「境界を越えるもの」は「ART IN THE OFFICE 2025」の受賞作品ではなく、鬼原氏の過去作品を今回の作品案の参考として掲載するものです。受賞作品は2025年7月以降に制作予定です。
鬼原氏作品コンセプトおよびコメント:
「福来旗(フライキ)」
大漁旗は、東北地方で福来旗(フライキ)とも呼ばれます。船員が大漁を知らせ、陸で待つ人々が船員の帰還を迎えるためのフライキ。この案では、プレスルームの壁面自体を巨大な織り機として経糸(たていと)を張り、ライブペイントならぬライブ織りに挑戦します。また、社員の皆さんにも参加していただき作品を完成させる予定です。ART IN THE OFFICEならではのチャレンジであり、機織りのイメージを一新するような参加型かつライブでの制作過程も、作品の魅力となると考えています。素材には、全国の漁港や自治体などの協力を得て集めた、廃棄予定の大漁旗、漁網、ビニール傘、サンシェード等、屋外で雨風に耐えてきた資源を使用し、織り込みます。
社内を行き交う人々の成功を祈り、祝福しながら素材を織り重ね、その場で福来旗を織り上げます。歴史をもつ素材たちが、みんなの手でフライキとして生まれ変わり、プレスルームでの日常を華やかに彩ります。

鬼原美希(きはらみき)氏 プロフィール
2012年多摩美術大学大学院修士課程テキスタイルデザイン研究領域修了。日常生活で感じたことをはじめ、世界中を旅し体感してきた、各国での染織文化や織素材の多様性、現地に住まう人々や動物のあり方、そこで経験した出来事をもとに、様々な素材を使ってタペストリーを織っている。綴れ織る行為を「 体験したことを記憶に刻み込むこと」「人と人との関わり」「作品に込める祈り」として捉え活動を続ける。主な展覧会に、個展「muziki」(2025年、ギャラリー白樺、鹿児島)、「Orange」(2025年、江夏画廊、麻布台)、「W」(2024年、 いりや画廊、入谷)、「たびするおりびとmeets調布と映画」(2023年、調布市文化会館たづくり、調布)などがある。
熊倉 晴子氏:インディペンデント・キュレーター / ライター
今回、審査員の皆さんと意見を交換しながら作品の新たな魅力を発見していくことができ、大変学びの多い楽しい時間でした。応募件数が多く、また書類での審査ということで難しい面もありましたが、限られた条件の中でも作品のアイデアやコンセプト、技術力の高さなどが伝わってくるものも多く、今後の活躍を期待しています。
鬼原さんが手がけられる綴れ織りなどの工芸的な手法は、近代の枠組みを批評的に問い直す現代美術の流れのなかでますます重要なものになっていますし、それが女性の手によるものだということも重要だと考えています。オフィス空間に鬼原さんの力強い作品が現れるのを楽しみにしています。
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- Photo by Yukio Koshima
塩見 有子氏:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] ディレクター
今年もまた、学生を含め、実にさまざまなバックグラウンドと幅広い年齢層の方々が応募してくださいました。このプレスルームだからこそ新しい挑戦をしたい、という熱いメッセージもいくつかあり、悩みました。その中でも鬼原さんの作品は非常にインパクトがあり、審査をしていても何度も提案に引き寄せられる、特別な引力がありました。過去の応募作品にも、「目」を思わせるイメージが提案されたことはありましたが、今回の作品には横長の空間にあわせただけではない意味が込められていると想像します。手業、技術、知恵を使って編み上げた巨大な作品が何を見抜く、見透す、そして念じるのか、いまから楽しみです。

南塚 真史氏:NANZUKA代表
応募者は若手が中心かと想像していましたが、キャリアを積んだ方からの応募もあり、審査を通じて実に多作かつ多様な作品に出会うことができました。それぞれの表現の幅や制作姿勢から、ART IN THE OFFICEの裾野が、年齢や領域を越えて、より広がっていくことを期待しています。
受賞した鬼原さんの勝因は、おそらく自分の好きなものや美意識に対して一点突破でブレがなかったことにあると思います。その純度の高さが、作品全体に強い説得力を与えていました。どのような作品が完成するのか、今からとても楽しみにしています。

福島 良典氏:LayerX代表取締役CEO
このたび、初めてアート審査に携わる機会をいただき、非常に刺激的で学びに満ちた時間となりました。事前に惹かれていた作品が、プロの審査員の皆さまと重なる評価を受けていたことは、嬉しい驚きでもありました。
現代の文脈を踏まえると、AIやテクノロジーとの融合といった視点も重要だと感じており、そこに注目するのは私の役割かもしれないと感じていました。受賞作品はいずれも視覚的な強度と余韻の深さを兼ね備えており、この場がそうした個性をしなやかに受け止め、評価する懐の深さに感銘を受けました。 受賞を機に、さらなる創作の飛躍を遂げられることを心より願っております。そして、完成作品がオフィス空間にもたらす新たな景色を、今から楽しみにしています。

松本 大:マネックスグループ株式会社 取締役会議長
毎年、様々な個性や表現に触れられるこの審査をとても楽しみにしています。今年は全体的に明るく、穏やかな表現が多い印象を受けました。強い感情や衝動をそのままぶつけるような、ある意味振り切れている作品がやや少ないように感じましたが、それも今の時代性を映した結果なのかもしれません。受賞作は、一目で視線を惹きつけるエネルギーがあり、単なる美しさにとどまらず、ある種の「眼差し」を宿しているようにも見え、コンテンポラリー・アートらしい、同時代に生きる作家が見る人の心に語りかけてくる力を感じました。完成作品がオフィスにもたらす刺激に期待しています。
これまでの「ART IN THE OFFICE」プログラムの作品および審査結果をご紹介しております。