「ART IN THE OFFICE」は、現代アートが未開拓の表現を追求し、社会の様々な問題を提起する姿勢に共感し、当社を通じて新進気鋭の現代アートアーティストを支援する場づくりをしたいとの想いから、2008年より当社が社会貢献活動並びに社員啓発活動の一環として継続して実施しているプログラムです。2024年度は、85点の応募作品案の中から、植松美月氏の「雨だれにひそむ、」が受賞作品として選出されました。

植松氏のプランでは、1日に彼女が行う呼吸のタイミングに合わせて、紫のインクが染み渡ったロール紙に、数を打刻するという提案を行いました。誰しもに共通する「呼吸」とその数に着目した植松氏のアプローチは、一見、無機的にも見える数字の羅列でありながら人間の根源的な営みと時間を想起させます。また、インクの滲みという素材の特性を作品に活かしたプランは、1日の移り変わりを"そこにあること"の痕跡として美しく残しており、人の往来があるプレスルームにおいて、瞑想と交感が生まれる特別な空間になることが期待され、この度の結果となりました。

 

審査員一同(左より:松本、今井氏、西高辻氏、塩見氏、桝田氏)と選出された作品案

(※西高辻の辻は、点が一つ)

選出作品:「雨だれにひそむ、」

ART IN THE OFFICE 2024選出作品の参考画像
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参考作品:植松美月「月に浮かぶ、」/2024年/コピー用紙、インク

※無断転載・複製を禁じます。

※「月に浮かぶ、」は「ART IN THE OFFICE 2024」の受賞作品ではなく、植松氏の過去作品を今回の作品案の参考として掲載するものです。受賞作品は2024年7月以降に制作予定です。

 

植松氏作品コンセプトおよびコメント:

「雨だれにひそむ、」

彫刻=立体というイメージは、多くの人の中にあると思います。このコンペ「ART IN THE OFFICE」が平面作品の募集であると聞いて、彫刻を中心とした制作を行う自分には適さないのではないかという印象を抱きました。しかし、紙を素材にして作品制作を行う過程で、私にとっての彫刻が立体であるか平面であるかは、問題ではないと考えるようになりました。今回はこれまでに制作した、自分の呼吸の回数をナンバリングスタンプで記録する作品を平面作品として展開します。「雨だれにひそむ、」はショパン作曲の『雨だれ』から着想し、呼吸の回数を示す数字が雨だれのように地中に染み込んでいく光景を作ることに挑戦します。様々な来訪者が往来する会議室で、新たなコミュニケーションの場となることを期待しています。

植松氏写真

植松美月(うえまつ みづき)氏 プロフィール

1995年生まれ。兵庫県出身、東京都在住。2023年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻領域博士後期課程修了。主に、鉄や紙といった規格のある素材を中心に彫刻作品を制作する。近年は、作品制作過程において、反復行為が自身の呼吸と同期していくことに着目し、自身の存在を確かめるように作品に「痕跡と変容」を残す試みを行なっている。これまでの主な展覧会に、個展「月に浮かぶ、」(2024年、aaploit、神楽坂)、グループ展「P.O.N.D. Dialogue/あたらしい対話に、出会う。」(2023年、渋谷パルコ)などがある。テラスアート湘南アワード2023グランプリ受賞、野村美術賞受賞。

審査員コメント(50音順)

今井 麻里絵(BLUM 東京 ディレクター)

今井 麻里絵氏:BLUM 東京 ディレクター

ギャラリーという場から離れて、さまざまな形でアートに携わる皆様と議論することで、作品の新たな見方を見つけたり、言語化していくプロセスはとてもエキサイティングなものでした。記号的な数字が持つ規則性を生み出す思考のプロセスと、呼吸といった自らの身体性から発展させた反復的行為によるプロセスによって構成される植松さんの作品は、集団的無意識から導かれる表象と概念的なコンセプトを兼ね備え、非常に興味深い試みをされていると思います。作品全体に広がる色彩をじわりと味わううちに、記号的な数字の表象に意識が向いていく― 鑑賞者へ重層的に語りかけるこの作品は、公共性を半ば持ちながら私的な空間でもある滞在者がある程度の時間を過ごすオフィスで鑑賞されることによって、よりアクティベートされると思います。

塩見有子氏(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]理事長)
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Photo by Yukio Koshima

塩見 有子氏:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] 理事長

今年も日本全国、美術の教育を受けている人やそうでない方の、20代から70代まで幅広い層の方々にご応募いただきました。多様な人々が表現に向き合っていること、そしてそのエネルギーに刺激される時間となりました。現代アートは、今の私たちの社会を映す鏡というのはよく言われることですが、環境や自然、そして宇宙とのつながりを感じさせる、目に見えない力や働きに関心を寄せるプランが多かったように思います。そうした中、極めて忠実に自分の感覚を「観察」し続け、少しずつ実験を重ねて今の表現に辿り着いた植松さんの作品プランは、生きることを保証する身体的機能の一つである「呼吸の反復性」に着目し、時間の痕跡が滲む紙に太陽の周期で自身の存在を刻んでいきます。崇高さを湛える空間に導いてくれるプランは、今までの「ART IN THE OFFICE」の作品としては全く新しい世界観とも言え、大いに期待しています。

西高辻 信宏氏:太宰府天満宮 宮司

(※西高辻の辻は、点が一つ)

先駆的且つユニークな取組みとして個人的に注目していた「ART IN THE OFFICE」の審査は、非常に刺激的な経験でした。多彩な提案があった中でも、受賞された植松さんのコンセプチュアルなアプローチとしての反復行為のあり方や、紙にインクが浸透していく時間を同時的に可視化しようとする試みは、社員の皆さんが日々「呼吸する空間」であるオフィスの特性と調和するように想像出来ました。過去の作品が強い存在感を持つ彫刻的な表現が多かったのに対し、今回のプランはその彫刻的な思考を平面上に昇華させようとするもので、作家の進化を期待すると共に、現地で完成した作品を拝見するのを楽しみにしております。

桝田 倫広(東京国立近代美術館 主任研究員)画像

桝田 倫広氏:東京国立近代美術館 主任研究員

さまざまな年代、キャリアの方が意欲的なプランを提出しており、なにを基準に置くかで選考の結果は変わると思いました。私の個人的な選考基準を重視した順に挙げると、1.プランとそれまでの制作の一貫性、2.社員、来訪者に対して作品が及ぼすと期待される心理的ないし美学的効果、3.湾曲した横長の壁面という展示条件を生かしたプランであること、4.企業のプレスルームであることを踏まえていること(それを作品の主題に取り入れることよりも、むしろ単純な視覚効果とオフィスであることからの実現可能性)、5.技術上の確かさ、6.ワークショップのユニークさと実行可能性でした。植松さんの作品の計画は、一日かけて支持体である紙にインクを浸潤させ、その上に自らの一日分の呼吸を打刻するというものです。ものの時間と作者である人間の時間が層状に重なり、触れ合います。そうした微細な時の震えが、ともすれば無機質なオフィス空間を彩り、その空間にいる人たちにも浸透し、交感することを期待します。

マネックスグループ 松本大画像

松本 大マネックスグループ株式会社 代表執行役会長

毎年々々素晴らしい作品・アーティストが勝ち取ってきた「ART IN THE OFFICE」。私は審査会に臨む時、「今年は昨年を超えられるだろうか?簡単ではないな」と毎年思ってきました。ところが結局いつも、私の心配は杞憂に終わってきたのでした。果たして、今年も同じように、私の心配は素敵に裏切られました。植松美月さんの提案は、最初は中々気付きにくい提案でした。しかし丁寧に理解するにつれ、じわじわとその奥行きと拡がりに魅了されていきました。様々な情報や映像がプッシュされ続けるこの時代に、植松さんの作品は受け手の能動的な関与を要求するような気がします。それは翻って、とてもコンカレントな作品になるのではないでしょうか。今から完成が待ち遠しいです!