マネックスグループCEO就任から3年の節目を迎えた清明祐子さん。ファウンダーからバトンを受け継いで以後、事業ポートフォリオの整理や大胆なアライアンス戦略の実行など、グループの未来を見据えた数々のタフな決断を重ねてきました。
「事業の道筋が整った今だからこそ、グループシナジーを最大化するための対話をもっとオープンに重ねていきたい」と語る清明さん。創業から27年を経て、社会も経済も、そして金融のあり方も劇的に変わる今、清明さんが目指すのは、個性豊かな組織をつなぐ「マネックスらしさ」と共創のストーリーの進化。清明さんが見据える未来の姿とは? その根底にある哲学や価値観とは?

 

Xrossing編集部が清明さんに直接聞きに行くインタビューシリーズ、始動!

1|大きな挑戦に向かうための土台が整ってきた

― 清明さんがグループCEOに就任されてから3年が経ちました。今まで注力されてきたこと、そして、これから先に精力的に進めたいことを教えてください。

 

 就任直後からの数年間は、まずはビジネスポートフォリオをしっかり整えることを優先し、財務的な見え方と事業編成の「あり姿」を一致させることに注力してきました。そのための意思決定を重ねて、未来に向けて大きな挑戦を続けるのに必要な土台づくりが進めてきました。この事業構成をベースにしてグループ全体のシナジーを創っていくことが、ここから先のテーマです。だからこそ、個性豊かな組織をつなぐ「マネックスらしさ」や、共創のストーリーを進化させていく必要があると考えているのです。
 

― 清明さんが描く未来像や日頃大事にしていらっしゃる価値観を伺っていくのが楽しみです。不躾ながら、インタビューを始めてすぐに感じた印象をお伝えしていいですか? 清明さんはいつも溌溂とされていますが、「声」にもポジティブなエネルギーを感じますね。

 

 ありがとうございます。実は最近、コミュニケーションに詳しい専門家から「声が大きい人には、正直な人が多い」というお話を聞いたんです。頭で考えていることと言葉にすることを常時同期させられるから、声が大きくなるというロジックを伺って、たしかにそうかもしれないなと。
 このシリーズでも、私が普段考えていることや大事にしていること、マネックスグループに関わってくださるすべての方々に伝えたい“本音”を、率直にお話していきたいと思っています。

 

― よろしくお願いします。ではあらためて、就任された2023年から現在に至るまで、清明さんが大切にしてきた思いとはどのようなものですか?


 創業期からずっと磨き続けてきた当社の強みは、「変化に対応して進化する力」です。3年前にグループCEOを拝命したときから、私は「みんなで次の未来を創るぞ」という思いを大切にしてきました。 
 私たちが創業した 1999 年は、インターネットという新しい波が生まれた年。その波に乗って「オンライン証券」という未知のビジネスを国内で開拓する役割をマネックスは果たしました。
 それから四半世紀が経った今、インターネットはすでに空気のように普及し、AIによる高度な効率化・自動化が加速度的に進む金融の新時代を迎えています。進化を続けるためには、変わることを恐れずに挑戦していきたいと強く思います。

< 清明祐子CEO キャリア年表 > 

2001年4月

株式会社三和銀行(現 株式会社三菱UFJ銀行) 入行

2009年2月

マネックス・ハンブレクト株式会社入社

2011年6月

マネックス・ハンブレクト株式会社代表取締役社長に就任

2019年4月

マネックス証券株式会社 代表取締役社長に就任

2020年1月

マネックスグループ株式会社 代表執行役COOに就任

2021年1月

同 代表執行役COO兼CFOに就任

2022年4月

同 取締役兼代表執行役 Co-CEO兼CFOに就任

2023年6月

同 取締役兼代表執行役社長CEOに就任(現任)

(2023年6月 マネックスグループCEO就任時の広告) 
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(2023年6月 マネックスグループCEO就任時の広告) 

2|進化を続けるために、変わり続ける

― 時代が大きく変わる中で、会社もまた変わり続けなければならない、と。

 

 はい。いつまでも若々しくエネルギッシュな人に共通しているのは、常に新しいことにチャレンジしている姿勢ですよね。会社も人間と同じです。
     システムや組織というものは、長く続けば続くほど、古い基盤の上に新しいサービスを継ぎ足していく“パッチワーク”になりがちです。しかし、継ぎ足しを続けた基盤は、どこかで誰かが抜本的にスクラッチから書き直さないと、いつか全体が歪んで動かなくなってしまいます。 
 それに、社会環境や経済背景、お客様が求める価値といったものは、時代とともに刻々と変わっていきます。10年前、20年前に成功したやり方を「変わらないように守る」だけでは不十分。周りの世界がものすごいスピードで進化している以上、現状維持は衰退の始まりとなってしまいます。 だからこそ、私たち自身も常にアップデートしていかなければいけないですし、「今変わらないと、いつやるの?」という強い危機感を持って臨んでいます。

 私は、100の単位でもらったバトンを80に縮小させて「あとはよろしく」と渡すような経営は、絶対にしたくありません。「ここまでは次のステージの準備を整えておいたから、さらに大きく羽ばたかせてほしい」と、未来のチャレンジャーたちに新しい機会を残す形でバトンを渡したい。それが、2代目社長である私の役目だと思っているんです。

3|なぜ私は、「転換」の舵を切ったのか

― マネックス証券に関してはアライアンス戦略への大胆な舵切りなど、大きな意思決定が続きました。

 

   2019年にマネックス証券の社長に就任してから、当社の未来を見据えて、いくつかの大きな決断を重ねてきました。まず、時代環境と社内リソースのバランスを見極めたうえで取捨選択し、「集中すること」と「やめること」を決めました。また、新たな成長戦略としてアセマネモデルを掲げ、取引手数料を中心としたプロセス重視のビジネスから、お客様の資産増加という成果を重視するビジネスへ転換を進めてきました。
    2022年にグループCEOになってから発表したマネックス証券とNTTドコモの提携も、私たちがアライアンス戦略に大きく舵を切った象徴ともいえるでしょう。

 

― NTTドコモとの提携に関しては、「祖業の形を変える」ことに、迷いはありませんでしたか。

 

 もちろん、迷いがなかったわけではありません。「ずっと守ってきたものを変えてしまうのか」と驚いた社員もいるでしょう。
 しかしながら当時のマネックス証券は、「資本市場の民主化」を掲げながらも、本当に届けたい多くの人々へ価値を広げきれずに忸怩たる思いを抱えていたのも事実です。100%子会社保有という形にこだわって現状打破を遅らせるくらいなら、巨大な顧客基盤を持つNTTドコモと手を組み、私たちの誇れるサービスを数千万人の人々に届ける可能性を開くほうが、社会的なインパクトは圧倒的に大きくなるはずではないか。私はそう考えました。
 「祖業を売る」のではなく、むしろ「祖業の本質」そのものであり、私たちの「創業の精神」をより磨き上げるための決断だったのです。

 

 結果として組織としての体制は変わりましたが、マネックスがマネックスであるために守るべきものは、しっかりと守り抜いています。私たちが最も大切にしてきた、お客様への誠実な姿勢や志は何一つ変えていません。アライアンスにおいても「誇れる未来を共に創れるかどうか」、ただそれだけを見つめてベストな選択をしているつもりです。

 

 常に大事にしているのは中長期の目線です。経営の結果というのは、明日すぐに出るものではありません。3年後、5年後、あるいは10年後になって初めて、決断の真価が問われるものなんですよね。

 

(NTTドコモとの資本業務提携発表会見 )
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(NTTドコモとの資本業務提携発表会見 )

― 足元の成果も大切にしながら、長い時間軸で会社の未来を見据えているのですね。

 

 そうですね。たとえば、2011年にマネックスグループの仲間入りを果たしたアメリカのトレードステーション。非常に大きな投資となる意思決定でしたが、今や、グループの収益を支える重要な存在となっています。
 同社が持つ高度なトレーディングテクノロジーとプラットフォームは、これからもグループ全体の成長を支える強固な基盤となっていくはずです。
 15年前のあの決断があったからこそ、私たちは次の挑戦へと向かう推進力を手に入れることができた。当時の意思決定には敬意を感じますし、そのバトンを受け取った立場として、NTTドコモとの提携も未来に向けた選択として決断したのです。恐れずチャレンジを続けて進化する姿勢こそが、マネックスの文化であると信じています。

4|率直な対話を重ねてきた、 ファウンダー・松本さんとの信頼関係

― 創業者である松本大さんとはどのようなコミュニケーションを?
 

 そもそも正式にバトンを渡されるずっと前から、松本さんに対して私は率直に自分の意見を伝えてきました。松本さん自身も、組織の未来を思って勇気をもって進言し、信念ある決断ができる仲間を求めていたのだと思います。
 松本さんは圧倒的なアントレプレナーであり、未来に向かって新しいアイデアの種を蒔く天才です。今という瞬間を起点に、常に未来を見ながら、実現可能なビッグビジョンを描いて判断できるリーダーであると、間近で見ながら感じてきました。
 一方で、私は松本さんと比べるとはるかに「組織の人」「現場の人」だという自覚があります。現場のメンバーが心地よく力を発揮しているかに目を配るし、資源配分のバランスも気になる。そうした視点から気づいたことがあれば、松本さんに対して率直に伝えてきたつもりです。

 松本さんとの関係性のベースにあったのは、互いの得意分野の違いを正しく理解し、役割を明確に分けることでした。松本さんは時代の潮流を先読みし、新しい事業の種を見つける天才的なビジョナリスト。一方で私は、0から1を生み出すよりも、すでに生まれた1を100、1000へと組織を動かしながら大きく育てていくマネジメントが得意です。この違いを活かす形で、「松本さんは新しい価値の発掘に注力し、日々の組織運営や確実なオペレーションは私が担う」という明確な役割分担を自然ととるようになりました。

 さらに背景をお話しすると、私が証券の社長を引き受けるときに、松本さんと交わした「2つの約束」があったんです。 一つは、組織づくりの肝となる人事の権限を、すべて私に委ねてもらうこと。そしてもう一つは、現場の優先順位がブレて混乱しないよう、私を飛び越えてメンバーへ直接アイデアや指示を伝えないこと。松本さんはその境界線を守り、どんな場面でも私を信じて任せてくれました。こうした積み重ねがあったからこそ、私たちは車の両輪のように機能できたのだと思います。
 

― 創業者に対しては遠慮して意見を控える人も多いかもしれません。清明さんは具体的にどのように伝えていたのでしょうか?

 

 「ビジョナリーな起業家」というイメージが強い松本さんのことを、「周囲の意見は聞きたくないタイプなのでは」と捉えている方もいるかもしれませんが、まったくそんなことはないんですよ。フラットに意見に耳を傾けてくださいますし、逆に私に必要なことも教えてくださる。お互いに、言うべきことはしっかり言う関係が築けているのではないかと思います。

 

 大事なのは、お客様や社員、すべてのステークホルダーの未来にとってベストな選択ができているかという視点を、お互いの“真ん中”に置くこと。
 祖業であるマネックス証券の次の成長に向けて、NTTドコモとの資本業務提携という選択肢を提案したときも、松本さんは反対することなくその意義を受け入れてくれました。なぜなら、もともと松本さんが考えたマネックスの理念こそが、「多くの人に金融サービスを届けたい」という思いそのものだったからです。 
 時代に合わせて変えるべきものは変え、創業の精神は変わらず持ち続ける。それこそがマネックスが目指すべき進化の形であると信じています。

Xrossing編集部

マネックスグループの「今」を分かりやすく魅力的に届けるために、フリーランスライターの宮本恵理子氏と社内メンバーがタッグを組み発信をしていきます。

 

宮本恵理子氏

2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」などの編集部を経て、2009年末編集者兼ライターとして独立。さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動しています。

 

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グループの理念や価値を可視化・構造化し、一貫した訴求で長期的なブランド資産を築くため2025年に新設された部署です。