「お金」は、シェアできるか?

松本 私がドミニクさんに興味を持ったきっかけは、ドミニクさんが日本におけるクリエイティブ・コモンズのNPO法人(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)を設立されたことです。

 

クリエイティブ・コモンズというのは著作権の存在を前提にしつつ作品の流通や再利用をはかる活動で、簡単にいえば著作権者が「この条件なら私の作品を使っていいですよ」といった意思を表明しやすくする仕組みですよね。

松本⼤

ドミニク はい。その通りです。今では世界中で使われていて、インターネット上には14億以上の作品や情報にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付いて公開されています。

 

松本 要は作品を利用する権利をみんなでシェアしているようなイメージなのですが、それって私がやっている金融の仕事とは対極にあると思いました。つまり、金融が“所有”の世界だとしたら、クリエイティブ・コモンズは“非所有”の世界みたいな……。

 

ドミニク たしかにそういうイメージはあるかもしれませんね。でもクリエイティブ・コモンズは所有と非所有の中間層にあるグラデーションを表現するものなんですよ。現実の複雑なグレーゾーンをしっかり定義するためのものでもあります。

 

松本 ドミニクさんはクリエイティブ・コモンズ以外にも、情報技術を中心として多岐にわたる活動をなさっています。その中で今、最も力を入れている活動はなんですか?

 

ドミニク はい。実は今、ぬか漬けにどハマりしています(笑)。

 

松本 そう来ましたか(笑)。いや、私もぬか漬けは好きですけど。

 

ドミニク 僕の会社(株式会社ディヴィデュアル)の共同創業者が発酵食マニアで、会社を創業する時に「君とは一生の付き合いになるから」と、彼の家に50年以上伝わるぬか床の一部をくれました。それでさっそく自分でもきゅうりなどの野菜を漬けてみたら、これが美味しくて。

 

そこから発酵食について勉強するようになった結果、ぬか床の中で起こっていることとインターネットで起こっていることは同じじゃないかと思えてきたんです。

川村元気

ドミニク・チェン 早稲田大学文学学術院 准教授
1981年生まれ。2004年よりNTT InterCommunication
Center研究員を経て、日本におけるクリエイティブ・
コモンズの立ち上げに参加。2007年よりNPO法人クリ
エイティブ・コモンズ・ジャパン理事。2008年に株式
会社ディヴィジュアルを設立し、ウェブ・コミュニティ
やソフトウェアの企画・開発に携わる。2017年より
現職。著書に『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で
心をつくる』『フリーカルチャーをつくるためのガイ
ドブック』など。

松本 どういうことですか?

 

ドミニク ぬか床の中には乳酸菌や酵母をはじめいろんな種類の細菌が住んでいます。そこに人が野菜を入れると彼らがわらわら集まってきて発酵させてくれる。その発酵した野菜を人が食べて満足するわけですが、僕がこのぬか漬けにハマりはじめた当時、ちょうど僕らの会社でオンラインコミュニティをサービスインしていたんです。

 

そのコミュニティでは、あるユーザーが悩みや後悔など“ヘコんだこと”を匿名で投稿すると、ほかのユーザーたちが寄ってたかって励ましてくれます。励ましのコメントが溜まって“ヘコみ主”が満足すると、その投稿は成仏して空に消えていく。

 

この一連のプロセスが、ぬか床に野菜を突っ込んで、発酵したら引っこ抜くという行為にそっくりだなと思って。

 

松本 なるほど。ネットコミュニティとぬか床の共通点(笑)。それは面白い視点ですね。

 

ドミニク 他方で、僕が関わっているクリエイティブ・コモンズはアメリカで生まれたもので、その背景には社会契約という発想があります。

 

つまり、個人と個人が契約を交わして合意し、そこに権利や対価が被さってくる。著作権というのは、そうした「個」が確立された社会でいかに著作物をシェアするかという話なのですが、ぬか床を見ているともはや「個」など特定できないほど複雑かつダイナミックな関係がうかがえる。

 

僕はこのぬか床の中で起こっている現象のほうにリアリティを感じるようになって、そのリアリティを情報技術の世界に持ち込むことで、クリエイティブ・コモンズの先に広がる世界が見えてくるのではないかと考えています。

ドミニク・チェン氏は、第22回ミラノ・トリエンナーレ
『Broken Nature』展にて、ぬか床ロボット「Nukabot」
を出展中(2019年3月1日~9月1日)。
写真提供:ドミニク・チェン

「ぬか床」と金融市場の共通点

松本 そんな視点をお持ちのドミニクさんにとって、ずばり「お金」とはなんですか?

 

ドミニク 結論から言うと、「エネルギー」ですかね。ちょうど今、発酵食を本気で研究にしようとしていて、それに伴い生命がどうやってエネルギーを生み出しているかを勉強していたんです。

 

すると、地球上のほとんどの生命が生体内でATP(アデノシン三リン酸)という物質を生産し、それが代謝エネルギーの中心的役割を果たしていると知りました。「ATPは生体のエネルギー通貨だ」という言い方もされています。

 

松本さんは、人間の体が1日に生産するATPの重さってどれくらいだと思いますか?

 

松本 直感で、600グラムくらいですかね?

 

ドミニク なんと、60キロらしいんです。それって一般的な成人男性の体重とほぼ同じですよね。

 

でも、ほとんどのATPが作られて数秒で消費される。つまり作ったそばから筋肉を動かしたり血液を循環させたり、あらゆる生命活動に使われていくから全然溜まらないんです。

 

言われてみれば、何か行動を起こすためにはその都度エネルギーが必要なわけですよね。そうやってエネルギーを回すことを前提に、前のめりに生きているのが生命なんだなという実感を得て、ひょっとしたらお金にも同じことが言えるんじゃないかなって。

 

松本 お金も循環させてこそ意味があるものですからね。使わないお金は脂肪肝みたいなもので、ちゃんと代謝させないといけない。同じように、作ったエネルギーは使っていかないと生命的ではないということですね。

 

ドミニク はい、そういうことです。

 

松本 ただ人間の経済活動の場合、お金を支払う対象というものが存在します。だから、その対象とのコミュニケーションや社会への信頼が損なわれてしまうと、タンス預金みたいな貯蓄が増えて交換活動が鈍ってしまう。

 

タンス預金には経済的な意味はゼロですからね。それをどうやって回していくか。

 

ドミニク なおかつ、そのお金は誰かのためだけではなく、それぞれが自分のためにも回さないといけないわけですよね。

 

松本 そうなんですよ。自分のために回すと、今度は経済が回るから、結果的に回したお金が増えて戻ってきたりする。そのミューチュアル(相利共生)が、理想的な投資活動のかたちです。

 

それに、投資ってただ単に価値を増やすだけじゃなくて、自分の理想だったり夢だったりを叶えてくれそうなものに対して、お金というエネルギーを差し出して、自分の代わりに使ってもらうことだと思います。

ドミニク 今、松本さんの「回して、戻ってくる」という身振りが、ぬか床をかき混ぜているように見えました(笑)。

 

松本 なるほど(笑)。ぬか床もね、毎日かき回して空気を抜いてやらないとダメになってしまいますからね。

 

ドミニク 先ほど僕はオンラインコミュニティの世界とぬか床の世界を重ね合わせましたが、経済活動とぬか床にも共通点があるのかもしれません。

 

松本 その通りだと思いますよ。株式市場というものは、一般の人が考えるよりも遥かにうまくできていると私は考えています。
上場企業って、特定の株主がずっと支え続けているのではなくて、無数の株主が入れ替わり立ち替わり支えているんです。つまり、株主側が循環している。

 

イメージ的には、パチンコ玉を敷き詰めた上に会社が乗っていて、移動するごとに下のパチンコ玉はどんどん入れ替わっている感じ。だから上場企業は進み続けられるし、思いや実績があれば、それを支える人が増えて株価が上がったりもする。そうやって、理念を次世代に引き継ぐこともできるんです。

 

ドミニク ぬか床もメンテナンスを怠らなければ、何十年、場合によっては100年と生き続けますからね。

 

松本 そうそう。仮に株式市場がパーフェクトに機能すれば、お金を介して価値やエネルギーが自然と循環するし、クリエイティブ・コモンズ的な「所有」という概念の変革も起こり得る場なんですよね。

 

そういう可能性を秘めているところに、私は金融の魅力を感じています。そこに、所有と非所有を乗り越えるヒントがあるような気がして。

「使う」と「貯める」の間のグラデーション

ドミニク クリエイティブ・コモンズに関していうと、現行法の下での著作権は「持っているか、持っていないか」の区別しかありません。つまり「0」か「1」しかない。

 

でも、その中間にはきっとグラデーションがあるはずで、そこにクリエイティブ・コモンズが対応しているんです。

 

例えばアメリカだったら、ある作品の著作権者が亡くなってから70年経ち、著作権保護期間を満了して「0」になったら誰でも作品を利用することができます。でも、著作権者のなかには「自分が生きているうちに自分の作品を利用してほしい」と願う人もいて、それを叶える仕組みがクリエイティブ・コモンズなんです。

 

松本 「0」か「1」か、所有か非所有かでは割り切れない価値の分配があるというわけですね。だとすれば、お金にも「貯めるか、使うか」だけでなく、その中間にグラデーションがあるのかもしれません。

ドミニク 僕は10年ほど前に新婚旅行でモンゴルに行きました。首都ウランバートルから西へ、バスで5時間くらいかけて行ったあたりにある遊牧民の方々のゲル(移動式住居)に下宿させてもらって。

 

松本 新婚旅行にしてはだいぶハードですね(笑)。

 

ドミニク 朝起きたら馬に乗って、夕方に帰ってきてウォッカを飲んで寝るみたいな生活を1週間くらい続けたんですけど、馬に乗っているとたまにほかの遊牧民のキャンプに出くわすんです。彼らは見ず知らずの日本人である僕らを「入れ入れ」と自分たちのゲルに迎え入れ、自分たちが作ったヨーグルトやお酒をどんどんふるまってくれる。

 

極めつきに、モンゴル滞在の最終日、滞在中にお世話になっていた馬追いのおじさんにこう言われました。「お前たちは今日これから日本に帰るんだろ? だからこの馬をやる」と。

 

松本 すごい!

 

ドミニク 「え? 今から帰るんですけど、馬肉にして持って帰れってこと?」って(笑)。一瞬パニックになりかけましたが、そうではなかった。

 

「この馬はお前のものだから、売らずに俺が面倒を見る。だからいつでも帰ってこい」という意味だったんです。つまり、この先も関係が続くことを前提とした……というか、関係が続くためのギフトなんですね。

 

松本 面白いなぁ。物理的にその馬を所有しているのはモンゴルにいる馬追いのおじさんだけど、所有権は日本にいるドミニクさんに移っている。なおかつ、それはドミニクさんが遊牧民のコミュニティに帰属し続けるということも意味している。

 

ドミニク はい。まさに所有と非所有のグラデーション上にある考え方だし、本当の意味での「シェア」なんですよね。そんな彼らの所有感覚にある種のカルチャーショックを覚え、帰りの飛行機の中で「僕はクリエイティブ・コモンズに携わってきたけど、著作権って、世界の本当の豊かさに対してはまだまだスケールが小さいんじゃないか」なんて思ったりして。

 

松本 そういう所有感覚があるから、遊牧民の方もヨーグルトやお酒をふるまってくれたのでしょうね。

 

ドミニク それらはおそらく遊牧民の知恵として数百年、もしかしたら数千年のあいだ培われてきた知恵なのだとも思います。言ってみれば、人もモノも、固定されずに流動するという世界観。そのイメージは、お金にも当てはめられるように思えてきました。

ハッピーにお金を循環させるには?

松本 ところで、ドミニクさんは多岐にわたる活動の中で「ウェルビーイング」の研究もなさっていますが、「お金と幸福」については、どんなことを考えますか?

 

ドミニク そうですね。有名な説として「イースタリンのパラドックス」というのがあります。リチャード・イースタリンという経済学者が世界中の人たちの年収を調査して、その年収の多寡と人生満足度の関係を明らかにしようとした。

 

そうしたら、あるところまでは年収が増加するのに比例して人生満足度も上がっていくのですが、年収7万5000ドルあたりから満足度が横ばいになることを発見したのです。イースタリンがこの論文を発表したのが1974年なので、当時の為替レートで日本円に換算すると年収2000万円くらいでしょうか。

松本 それはすごくよくわかりますね。というのも、人はお金を得たときではなく、お金を使うときに幸福を感じるのではないかと思うんです。

 

でも、年収が2000万円を超えると、お金を使う対象を広げていかないと、それこそ満足のいく、自分自身にとってもポジティブな効能が表れる使い方ができなくなってくる。

 

 偉そうな言い方になってしまいますけど、お金の使い方がわからない人が、世の中にはたくさんいるんですよ。

 

ドミニク その使い方の一つが、先ほど松本さんが言及された「投資」なのかもしれません。エリク・H・エリクソンという発達心理学者が「generativity(ジェネラティビティ)」という概念を提唱しています。

 

これはまだ日本語で統一的に訳されていないんですが、僕は勝手に「継承性」という言葉を当てています。要するに自分より長生きするプロセスや存在──それは人でも会社でもいいし、あるいは自然環境かもしれない──に対して、自分の持っているリソースを投資することなんです。そこに、自分の想いが継承されることを期待する、というか、祈るようなイメージです。

 

僕がこの「ジェネラティビティ」というものを感覚として理解できたのは、自分の子供が生まれて、夢中で子育てをしていた時です。

 

松本 なるほど。

 

ドミニク 子育てって、合理的に説明できないんですよね。「すくすくと育ってくれ」という思いにただ突き動かされている。それは大学で学生たちに教えることや、ぬか床も同じで、「100年醸せよ」って念じながら、毎日かき回している(笑)。

 

一般的に「他者への投資」というと、持てる人から持たざる人へ与えられるようなイメージがあると思います。それに対して、僕がやっている投資は子供のためとか、乳酸菌のためとか、学生のためというわけじゃなくて、結局は全部自分のためなんですよね。何かしらリターンを期待しているわけでもないし、その行為自体が自分を自分たらしめている。

松本 私が金融に感じている魅力も、まさにそこにあります。自分のためにお金を増やしたり、他人を支援したりするためだけでは、まだ不十分。その行為自体にサティスファクションを見出せないと、幸福度は上がりません。そう考えると、自分と他人や社会との間にもグラデーションがあるような気がしますね。

 

ドミニク そう。僕も「個人」という考え方を広げる必要があると考えています。結局、日本人一人一人にフォーカスして「あなたは幸せですか?」と聞いたところで、限定的なことしかわからない。アメリカと日本では、そもそも「私」の捉え方がまったく違うからです。

 

アメリカであれば、家族であろうと自分は自分、親は親。一方、日本では家族や友人までもが「自分」の構成要素になっています。果たして西洋的な尺度だけで幸福を捉えられるのか、ということにヨーロッパやアメリカの研究者たちが気づき始めたのは、結構最近のことなんです。

 

松本 やっぱり、国や文化によっても単位が違うんでしょうね。どうすればお金がハッピーに循環するのか。まだ答えはありませんが、ぬか床やモンゴルの贈与の話にもヒントが隠れているように思います。

制作:NewsPicks Brand Design

執筆:須藤輝 編集:宇野浩志 撮影:小島マサヒロ デザイン:九喜洋介