視線が広げるVRの可能性

松本 小島さんは「FOVE0(フォーブ0)」という、視線追跡型のVR用ヘッドセットを開発されていますよね。これをかぶって目を動かすと、それに合わせてカーソルがピューっと動いて……。

 

小島 そうです。ただ、これまでは視線でカーソルを動かしてクリックしていましたが、今はカーソルもなくて、見ただけで自動的に情報を表示させることもできます。

 

松本 すごいですね。『ロボコップ』みたいなSFの世界。

 

小島 ええ。『アイアンマン』のトニー・スタークが目でグリグリ操作しているあの感じです。

 

当初、こういった視線追跡機能は主にゲームなどのエンタメ分野で活用されると思っていたんですが、最近はわりとリアルなビジネスに使われています。例えば不動産の内覧を、実際の物件ではなくVRで体験することも可能です。

松本⼤

松本 私も2年ほど前にマンションを買いました。その物件は内装をカスタムできる部屋で、ずいぶん時間をかけて図面を見ながら考えました。

 

そのとき、見取り図ではどう考えてもアイランドキッチン(ダイニングやリビングとつながった壁のないオシャレなキッチン)だと思い込んでいたのですが、現物を見たら天井まで壁で仕切られていた(笑)。

 

小島 確かに、平面図は直感的ではないので、専門家じゃないとわかりにくいですよね(笑)。

 

松本 そういう平面図ではわからなかったことも、VRヘッドセットをかぶれば立体的に見えるわけですね。

川村元気

小島由香 FOVE代表取締役社長
ソニー・インタラクティブエンタテインメント、グリー
を経て2014年にFOVEを設立。目の動きで仮想空間を
操作する視線追跡型VR用ヘッドセット「FOVE0」を
開発。2015年に始まったKickStarterのクラウド
ファンディングで48万ドル超を集め、サムスン・
ベンチャーズ、Honhai、コロプラからも資金調達を
実施。「経済産業省実用化大賞」「カンヌライオンズ」
など数々の賞を受賞した若手起業家。

小島 はい。あたかも自分がそこにいるかのように体感できます。建設前のマンションでも完成予想図をVR空間にして内覧できますし、壁紙の色などもワンクリックで変えられます。加えて、ユーザーが内覧中にどこを見ているかという視線情報を、ヒートマップで表すこともできるのです。

 

例えば今のウェブ広告は検索キーワードを元に広告の出し分けが行われていますが、VR空間でのアイトラッキングが標準になれば、ユーザーが何を見たかが集計されて、それを元に広告や商品のレコメンドが変わってきます。

 

松本 なるほど。よりユーザーの趣向やニーズに近づくわけですね。

 

小島 あるいは、アイトラッキングは戦争でPTSDを発症した帰還兵の治療や、自閉症の早期発見にも役立てられています。

 

つまり、VR空間で特定の環境をシミュレーションし、そこで患者が何を見て、何を感じているかを分析するツールとしても使えるのです。

お金は自分の分身にもなれる

松本 その「FOVE0」を作るにあたって小島さんは、KickStarterで48万ドルも集められたわけですよね。小島さんに投資された方々は、何に対してお金を支払われたんだと思います?

 

小島 一つは、やっぱり夢に対してお金を払っていただいたっていう部分が大きいと思っています。逆に自分が誰かをバック(支援)する場合も、そのプロダクトがほしいからお金を払うという感じではないんです。松本さんはバックされたことありますか?
 

松本 何度もあります。バックしたプロジェクトがモノにならなかったこともよくあります。

 

小島 そう、半分以上のプロジェクトが成就しないんですよね(笑)。バッカー(支援者)も、それをある程度わかったうえでお金を出しているのだと思います。

 

だから「FOVE0」に投資してくださった方も、おそらく「FOVE0」というプロダクト自体にというよりは、「なんだかよくわからないけど、未来、変えちゃうんじゃない?」みたいなお祭り感に乗りたいっていう気持ちで、いわばフェスの参加権を買うような感覚でお金を出してくださったんじゃないかなって。

 

松本 そのお祭り感に「乗る」「乗らない」の境界線って、小島さんの場合はどこにあります?

 

小島 自分がそのプロジェクトに「愛着」を持てそうかどうか、ですかね。……というより、バックすることで、ものすごく愛着が湧くのかもしれません。

 

たった1円でもお金を払うことで自分がコミットしている感覚が増すし、お店でモノを買うとき以上に自分の価値観が明確に表現されるような気もして。そのプロジェクトに愛着を感じればお金を払うし、払うことでさらにそれが強化されるっていう結び付きを感じますね。

 

松本 たしかに、円を払ってドルをもらうとか、スーパーで牛乳を買うといった場合、今おっしゃったようなコミットメントは一切ないですよね。同等の価値のモノと交換しているだけだから、同じお金の使い方でもまったく違う。

 

小島 クラウドファンディングの場合は、お金を払うことで何か面白そうなことに自分もジョインできるし、一体感を得られる。それは、等価交換を超えた新しいお金の価値観になっていくのではないかなって思います。

 

松本 お金って、使う人の意思によって得られる効果が変わります。私は投資サービスが専門ですけど、例えば値上がりしそうなモノを安く買って高く売るような場合は、お金を増やすためにお金を使っているわけで、そこに喜びを覚える人もいる。

 

他方で、いろんな企業に投資するような場合は、ただお金を増やしたいのではなくて、自分の分身をその企業に就職させるような感覚があると思うのです。

小島 自分の分身を就職させる? どういうことですか?

 

松本 今、僕はマネックスという会社でCEOを務めている以上、別の会社に就職することはできない。

 

でも、すごく魅力的なことをやっている会社があったら、そこに出資することで、自分の代わりにお金に働いてもらっているような感覚がある。

 

小島 なるほど。そうやって自分の分身がいっぱい増えていくのはすごく面白いですよね。その楽しさって、VRにおけるアバターに近いかもしれません。

 

VRや仮想空間を使ったチャットサービスはたくさんありますが、そこではすでにアバターという形で自分の分身をいくつも作ってコミュニケーションする世界ができつつあります。

 

ただ、誰もが誰にでもなれる世界って、個々人のアイデンティティが希薄になりますね。そのアバターの中の人が現実では何者かということにあまり価値が置かれないから。

 

松本 それ、なんとなくわかります。私もスマホアプリで自分とはまったく別人格の、30歳ぐらいの女性アバターを作って遊んだことがあるので(笑)。

 

小島 (笑)。でも、実際に、現実の自分と切り離されたVR空間のクローズドなコミュニティでしか使えないトークンや仮想通貨みたいなのものが流通し始めています。

 

そうなると、VR内でのローカル仮想通貨みたいなものによって、VR空間の中でアイデンティティが生まれてくる気がします。

通貨を通して、帰属するコミュニティを選ぶ

松本 その話、面白いですね。通貨とアイデンティティがひもづくのはなぜですか?

 

小島 まず、VRの世界がもっと進化すると、かつてのメジャーな価値観がよりマイナーなものに細分化されていくと思います。

 

今、世界中の人がアバターを介してコミュニケーションする「VRChat」というソーシャルVRプラットフォームの利用者が300万人を突破しています。そこではユーザーが好き勝手に3Dオブジェクトを配置したりして、自分好みの空間を作れるのです。

松本 昔でいうところのチャットルームを空間にしているのですね。

 

小島 それがもはや会議室じゃなくて、アバター同士で雀卓(じゃんたく)を囲める雀荘とか、本物のDJがいるクラブみたいな部屋が、大量に作られているんです。もう、おのおのの趣味嗜好(しこう)が爆発しているというか、脳内妄想垂れ流しみたいなカオスな空間が無数に存在していて。

 

要は、今まで自分だけのマイナーな趣味だと思われていたものが可視化されて、そこに自分もアバターとして入っていける。なおかつ、物理的距離を越えて、東京の人が作った脳内部屋にニューヨークやモスクワの人もアクセスできる。

 

松本 そうやって自分の趣味に合致する世界をバーチャルで見つけやすくなれば、それまでメジャーだった現実世界の価値観が薄れていくでしょうね。

 

小島 そうですね。そして、マイナーな価値観によって細分化されたVRコミュニティに、同じ価値観を持った人がどんどん集まって、将来的にはバーチャル独立国家みたいになっていくかもしれません。もし、そこでしか流通しない仮想通貨が発行されれば、それを所持することがより自分の価値観やアイデンティティにつながっていくのかなって。

 

言うならば、日本に住んでいるから円を持つのとは違って、そのVRコミュニティが好きだからローカル通貨も並行で持つという感覚。私は、コミュニティへの帰属意識を表明する手段、もしくは、自分が何を好きかを知る手段として、お金やトークンを捉えているのだと思います。

 

今も好きなソーシャルゲームのゲーム内通貨にお金を使う人がたくさんいるように、数百億円規模のローカル通貨を発行するVRコミュニティが出てくる可能性はあると思います。

お金にウェットとエモーションを

松本 私はお酒を飲むのが大好きなので、世界中の飲み屋で使える酒飲みコインみたいなものがあったらいいですね。

 

また私が気になるのは、VRコミュニティで流通するローカル通貨が、現実世界の円やドルと交換できなくても成り立つのか、ということ。交換できるなら、「Amazonや楽天のポイントと何が違うの?」みたいな話になってしまいますよね。

 

小島 仮想通貨の問題点の一つは、貨幣価値が変動しすぎて現実通貨に換金しにくいところにあります。でも、私は完全に閉じたスペースで、独自のVRコミュニティ内だけで流通すればワークすると考えています。

 

あるいは、現実世界に松本さんがおっしゃった酒飲みコインが使えるバーや酒屋ができたら面白いですよね。

 

松本 そのコインではお酒しか買えない。でもいいのです。お酒が好きな人たちの輪の中でだけ流通するクローズドな通貨だからこそのパワーが生まれるわけですから。

小島 今のトークンエコノミーは投機目的の利用がほとんどですが、そこには「愛着」みたいなウェットな要素がありません。でも、松本さんのようにお酒が好きな方であれば酒飲みコインに愛着が生まれます。

 

帰属意識の表明という意味では、ローカル通貨はファンクラブの会員証みたいなものにもなり得るんじゃないでしょうか。私は「トークンエコノミーにもう少しウェット感を出せたらいいな」と思っている人間なので、そういう方向で考えてしまいますね。

 

松本 その「ウェット」っていう、感情的な要素ってすごく重要だと思います。私が身を置く金融の世界において、とりわけドライで、機械のように合理的な判断をすると見られているのが、「トレーダー」という職業です。

 

でも、そのトレーダーの心理を分析したダニエル・カーネマンという行動経済学者によれば、実はトレーダーも7割方は、ラショナル(合理的)ではなくてエモーショナルな判断をしているというんです。

 

ちなみに、この研究で彼は2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。

 

小島 すごい。

 

松本 トレーダーという、最も冷徹だと思われている人ですらエモーションに左右されてしまうわけで、いわんや我々をや、っていう話です。

 

小島 クラウドファンディングの話に戻りますけど、成立するかどうかもわからないプロジェクトにお金を払うというのは、まったく合理的ではないですよね。

 

でも、私がバックするときに関していえば「お祭り感に乗りたい」と同時に「応援させてくれてありがとう!」みたいなアイドルファン的な気持ちもある。それは紛れもなくエモーションですね。

 

松本 金融の人とVRの人がお金について対談したら、最終的にエモーションの話になった。やっぱり価値をやりとりするには、感情が大切なのだと再認識しました。

制作:NewsPicks Brand Design

執筆:須藤 輝 編集:宇野浩志 撮影:小島マサヒロ デザイン:九喜洋介

2019/1/15公開